地域情報
 「地域情報」は、杉並、天沼地区の情報を提供させていただき、地域で起きる災害に対応したり、楽しい行事等の喜びを分かち合いたいと思います。皆様からの情報も掲載させていただきたくご提供をお待ちいたします。ご連絡は office@amanumakumano.org にお願いいたします。写真も使わせていただきますのでよろしくお願いいたします。
 阿佐谷物語 その二十四 
 - 天沼熊野神社 -
神社の起こり
誕生時のお宮参りに始まり七五三、初詣、結婚式・・
と私たちの暮らしに神社は密接な関わりを持っています。
八百万(やおろず)の神という言葉があるように、日本人は森羅万象あらゆるものに神を見いだし崇めてきました。神社は文字通り神の社(やしろ)で屋代が語源です。屋は家で代は代わり。つまり古くは神が降臨した聖なる場所(大きな石や樹木)に榊などを立て家の代わりにしたことから屋代と呼ばれ、後に社の字が当てられたとの説があります。この仮屋が次第に常設化して社殿が発達してきたと考えられているようです。今回は地域の氏神である天沼熊野神社を訪ねました。

天沼熊野神社の縁起
杉並区教育委員会の解説文に「この神社は旧天沼村の鎮守で伊邪那美命(いざなみのみこと)が祭神として祀られています。創立については一説に元弘三年(一三三三)新田義貞が北条高時を討つため鎌倉に軍を進める途中、この地に陣を敷き社殿を創設したとも伝えられ、その後応永二年(一三九五)朝倉三河守という武将がこの地に帰農した際、社殿を修復し十二社権現と称するようになったと言われています。熊野神社と名称を改めたのは明治維新以後のことです」とあります。
「午後から子ども達のサッカー試合があるんですよ」とにこやかに現れた渡辺宮司さん、スポーツウェアもしっくりと、いつも見馴れた袴姿より一層若々しい感じです。
「もとは海上自衛官として飛行機に乗っていたんですが、転職を考えていた時に妻の父からさびれた神社があるから再建してみないかと言われ
まして・・」見るだけでもと来てみたら、うっそうとした樹木に囲まれた朽ちかけた社の姿に心打たれたそうです。「お前がやれという神の啓示を感じました」

三十三歳で一念発起、國學院大學で神職の勉強を修め平成二年、天沼熊野神社に任官しました。それまで常駐の神官がなく寂れていた境内のまず神楽殿を建て替えたいと寄進のお願いに。「初めての土地で千軒余りの氏子さん宅回りは大変でした」白装束に威儀を正し使命感を胸に映、その熱意と誠意は人の心を動かします。

浄財も集まり平成三年めでたく神楽殿が落成しました。続いて七年には社殿も新しくなり、開放的な明るさの中に静寂と安らぎのある社(もり)を配した神社に生まれ変わりました。年毎に賑わいを見せる初詣には「ひとりひとりお祓いをさせていただいて、お顔なじみも増えました。この頃はうちの神主さんと言われたりして嬉しいです」保護士、子どものサッカーチームコーチ、消防団など十五年の積み重ねが地域にしっかり根付いた証ですね。これからも″神主は氏子と神をつなぐ役″を信条に地域のために尽くしていきたい・・・と。

お話を伺って、神様が身近になりました。(○七・三・十七取材)

(「阿佐谷きずな」 No.27 地域福祉活動ニュース 2007.4.5 発行 杉並区社会福祉協議会)


 防災訓練
 防災訓練は平成16年11月12日(日)に行われました。旧天沼村地域の町会が集まって八町会という会を作っていまして、その八町会が企画して催されました。
昔からの人々の繋がりが切れずに今日まで続いています。
天沼地区町会連合会が「第10回防災まちづくり大」賞で消防科学総合センター理事長賞受賞しました!(荻窪消防かわら版)
http://www.tfd.metro.tokyo.jp/hp-ogikubo/kawaraban.html
 早朝散歩で健康
 5時ごろから天沼熊野神社に参拝をされる方がいらっしゃいます。毎朝、健康維持を目的に散歩をされる方も多いようです。途中、天沼熊野神社の参拝がその日の活力のスタートとされる方も多いようで、嬉しく思います。